大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)198号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人黒田利雄に対し金千三百四十一円、控訴人杉山真に対し金千四百六十五円、控訴人小田島伝に対し金二千四百十四円、及びそれぞれ右金額に対し昭和二十八年七月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二番とも被控訴人の負担とする。」との判決並に仮執行の宜言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の供述は、控訴人等代理人において「(一)被控訴会社には昭和二十七年十月二十一日より施行の就業規則が存し、その附属規程たる賃金規程第五十条には『賞与は毎期末に於て、各人基準内賃金一ケ月分を支給する。』と規定されていたところ、被控訴会社は昭和二十八年六月一日労働基準法第九十条により、右規定を『業績に応じて半期毎に賞与を支給することがある。』と改正した。しかし右就業規則の変更はこれを承諾せざる控訴人等に対して無効であるから、会社は変更前の賃金規程第五十条(以下旧第五十条という)に基き、控訴人等に対し基準内賃金一ケ月分の内既に支払を了した金額を除く控訴の趣旨記載の賞与金を支払わなければならない。(二)仮に右就業規則の変更自体は有効であるとしても、控訴人等と会社との間には、旧第五十条による内容の労働契約が存する。しかして契約の改廃に当つては当事者双方の合意を必要とするこというまでもないから、右労働契約の変更についても、会社と控訴人等との間に合意の成立したことが必要である。しかるに前記就業規則の変更は、契約一方の当事者たる被控訴会社の単なる一方的の意思表示にすぎないから、右就業規則の改正によつては会社と控訴人等との間の既存の契約内容は変更されない。従つて会社は右契約に基き控訴人等に対し前記の金額を支払うべきである。」と釈明し、被控訴代理人において「被控訴人の主張に反する控訴人等の右主張は否認する。労働契約は会社と個々の従業員との間の契約であるが、その内容は労働者が使用者に対し就業規則に従つて就業し、使用者は就業規則に従つてこれを雇傭することを約するものであり、即ち労働者としては会社が現に提示し且つ将来当然にその変更を予定する就業規則の内容どおりの労働条件、作業規律に従つて労働するという趣旨に外ならないから、控訴人等凡ての従業員が適法に改正された本件就業規則の内容に拘束さるべきことは論をまたない。」と述べた外、原判決事実摘示と同一である。よつてこれを引用する。

当事者双方が提出援用する証拠及び証拠に対する陳述も原判決事実に記載されたとおりである。

理由

労働契約は法律的形式よりすれば、当事者の一方が労務の給付を約し、相手方がこれに対し賃金の支払を約することによつて成立するのであるが、その実質はあたかも労働力の売買にも比すべく、使用者は労働力を買う買わない即ち雇入及び解雇の自由を有し、労働者はこれを売る売らない即ち就職及び退職の自由を有する。労働契約の締結により労働者は企業組織のうちに組み入れられ、与えられた職場において企業の生産目的に従い、使用者の指揮命令を受けて労務に服することとなるけれども、両者の結び付きは本来恒久的固定的なものというよりは、むしろ一時的可動的な関係であつて、労働契約は一年を超えて長期の存続期間を約することは許されず(労働基準法第一四条)、期間の定がないときは解約は自由とされ、各当事者は何時でも相手方に告知して解雇しまたは退職することを妨げない(民法第六二七条労働基準法第二〇条)。しかして使用者は企業の合理的能率的運営の要請上、一方的に就業規則を作成して職場における労働の規律と労働条件の一般的基準とを劃一的に決定する。しかもそれは将来長期に亘つて固定する不動のものとしてでなく、社会的経済的諸情勢の推移や企業の実情の変化に即応して適宜に変更される可能性をはらみ、いわば当面の措置として定められるにすぎない。これが変更の必要を生じたときは、労働基準法第九十条の規定に従い、使用者は当該事業場における労働組合若しくは労働者の過半数を代表する者の意見を聴いた上で、先に自己の定めた就業規則を変更することができ、このことはそれが就業規則中における労働条件に関する部分であるとその他の部分であるとを問わない。労働条件の変更は即ち使用者のその時以後将来に向つての労働力買値の改訂に外ならないのである。

ところで労働者は使用者との間に一々自己の労働条件に関し個別的の折衝討議を尽した上で、労働契約を締結すべきや否やにつき去就を決するのではなく、予め使用者が一般的に定めて提示する就業規則を一括して受諾し、その就業規則に定めるとおりの、しかして使用者が企業運営の必要に基き就業規則(それ自体本来固定的なものでない)を合理的に変更する場合にはこれによつて変更されるとおりの労働条件に従つて就労すべき旨、換言すれば使用者側で定めるとおりの賃金その他の労働条件を以て労働力を売り渡す旨を、明示若しくは黙示的に合意するのが一般の事例であつて、その結果就業規則に定める労働条件は労働契約の内容をなし、就業規則にして変更されるときは労働契約の内容も亦従つて当然に変更を受けることになる。すべてこれ労働契約における当事者の合意に基礎を置くのである。それ故就業規則の変更が労働基準法所定の手続を践んでなされた場合でも、それが労働条件に関する限り改めて個々の労働者の承諾を得ない以上無効(不承諾の者に対して相対的に)であるとか、これに同意せざる労働者の労働条件を左右する効力を有しないというが如きは、労働契約において特にその点につき反対の意思を表明した例外的の(実際上は稀有な)場合の外は、到底肯認することができない。労働契約の性質をこのように解したからとて、労働者に退職の自由が確保されている限り、必ずしも近代人格主義の理念に反するものとすべきではない。即ち労働者は使用者の欲するがままに一方的に切り下げられた労働条件を甘受し、その意志に反してまで労務の提供を強制さるべきでないことは勿論であるから、労働条件の変更即ち労働力買値の改訂を不当不合理であるとするときは、爾後の労働力の売渡を拒否し、労働契約を破棄して職場より立ち去ることはもとより自由だからである。そればかりでなく、憲法並に労働法規は使用者に比し経済的社会的に劣弱の地位にある労働者保護のため、団結権団体交渉権その他の団体行動権を保障し、労働者に対し使用者の経済的抑圧に対抗し、その地位の向上を計る途を開いている労働者はこれにより争議権を背景とする団体交渉によつて強力に労働条件の改悪徹回方を要求し、法が禁ぜざる限りの実力行動に訴えてこれを迫ることができるのであるが、事の成否は主としてその時々における労使双方の側の力の比重如何に懸り、且つ相互の理解と良識とによつて決定される。しかして労使双方が対等の立場に立つ団体交渉を経て労働協約が成立し、労使間に一定の労働条件に関する協定に到達すれば、その協約の存続する期間内は協約各当事者は恣にこれが変更を試みることは許されず、かくて労働関係につき暫定的な平和状態がもたらされる。労働協約にして失効するときは新協約の成立するに至るまでの間、労働条件は変動の可能性を帯び、労使の関係は動搖を免れない。されば使用者側において労働協約の失効後適法の手続を経て就業規則を変更し、労働条件を一方的に改変する措置に出たのに対し、労働者側が労働組合を通じ団結の力を以て対抗し、労働条件の維持向上のために闘わんとする積極的の意欲を欠き、何等その努力を払うことなく、そのまま職場に止つて従前どおり労務に服しながら、唯単に就業規則の変更はこれに反対の労働者に対しては法律上無効であると唱え、労働契約における労働条件に関する限り依然として旧就業規則がその内容をなすと主張するのは、全く意味のないことといわざるを得ない。

然るところ、被控訴会社と控訴人等との間に結ばれた労働契約の趣旨に至つては、何等特別の事情の顕われない本件にあつては、先に述べた一般の事例と同様、従業員たるべき控訴人等において被控訴会社の定める就業規則(後日変更あるときはその変更された就業規則)に掲げる労働条件に従つて就労する旨を約諾したものと認むべきであり、また本件紛争に関するその余の事実上の関係については当裁判所の認定も原審のそれと同一である。右認定にかかる事実によれば、被控訴会社は昭和電工京浜地区労働組合連合会との間の労働協約失効後、右協約に盛られていた「賞与は毎期末に於て基準内賃金の一ケ月分を支給する。」との条項と同一内容の就業規則賃金規程(昭和二十七年十一月二十一日より施行)第五十条の規定を、労働基準法第九十条所定の手続を践み、昭和二十八年六月一日付で改正し、これを「業績に応じ半期毎に賞与を支給することがある。」と変更したのである。しかして当裁判所は上来説示の理由により、右就業規則の賞与条項の改正は、法定の手続要件に欠けるところがない以上もとより法律上適法にして有効であり、且つ特段の事情のない限り、控訴人等その他各個の従業員と被控訴会社との間における労働契約も従来旧就業規則がその内容をなしていた部分につき、当然に新就業規則の定めるとおりに変更されたものと判定する。しかもなお、原審の認定したとおり旧就業規則における右賞与条項は、原判決説示の如き経緯に基き、本来前記労働協約の有効期間たる昭和二十八年五月三十一日までを限つてその協約と並存してのみ効力を有せしむべく、その後はこれを存続せしめざる趣旨の下に制定され、労働組合側ももとよりその間の事情を十分諒知していたと認むべきであり(この部分も原判決理由を引用)、従つてこのような事情の下で労働協約の失効と同時に右賞与条項の改訂を見た以上、それにも拘らず控訴人等については旧就業規則の条項と同一内容の労働契約が依然存続するものとなし得ないことはいよいよ明白である。それ故控訴人等に対する関係において右就業規則変更の効果を争い、且つこれに伴う労働条件の変更を否定して、既に改廃された旧就業規則に定める賞与金の支払を請求する本訴請求は到底失当として排斥を免れない。

以上と多少その説明を異にするところあるも、結局同一趣旨により控訴人等の請求を棄却した原判決は正当であつて、本件控訴は何等理由がない。よつて民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 薄根正男 岡崎隆 奥野利一)

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